おやつカルパス

さくぶんれんしゅう帳

しのぶさんと禰豆子ちゃんが好きです

鬼滅の刃が完結した。

 

 

私はそこまで熱烈な鬼滅のファンではない。

ヒロアカ目当てで買い始めたジャンプに載っていて、面白いらしいから途中から読み始めて、単行本も一時期買っていたけど好きなキャラ(しのぶと禰豆子)があんまり出てこないからと買わなくなって、でもまあジャンプは買ってるし読もうかな、くらいの気持ちで読んでいた。ここ一年くらいは、無惨様を倒すぞ! って屋敷に乗り込んだ割にはなかなか倒せないな、ひとつのエピソードが長いな、誰が誰と戦ってどうやって死んでしまったかそろそろわかんなくなってきたな、と思いながら読んでいた。(しのぶさんを殺した鬼のことは覚えてるし許さない)(名前すら出したくないくらい嫌い)

 

アニメになったときも、絵は綺麗で格好いいけれど、原作の絵柄のあの独特な絵柄の味が薄れている気がして、少し物足りなく感じていた。途中間延びしてテンポ悪い回とかあったし。

そうは言っても、OPの紅蓮花は曲も映像もめちゃくちゃ格好いいなって思ったし、水の呼吸の演出とか善逸が眠ったまま技を出すシーンとか禰豆子の血鬼術が発動するシーンとか、映像と音の美しさが極まっている場面が色々あって、素敵なアニメだと思って最後まで観たし、劇場版の特報が流れたときは鳥肌が立った。物語の序盤から読んでいた作品ということもあって、綺麗で格好良いアニメになって良かったなあと思った。

 

一方で、アニメが進むにつれて急加速した人気に戸惑うことも多々あった。ネットではマナーの良くないファンが多いと度々目にするようになったし、子供にも人気らしくて少し驚いた。夜11時とかのアニメ放送時間まで起きてて観るんだろうか。ネット配信とか録画で観るんだろうか。身近に鬼滅好きな子供もその親もいないのでわからない。

 

ともあれ、私は、本誌を買ってるから鬼滅を読んではいるけどそこまで熱烈なファンではないし、今の一大ブームにはなんとなく乗り切れない心持ちでいた。

 

 

それでも、鬼滅の刃の完結は衝撃だった。

 

ラスボス無惨様倒したし、物語としては終わりそうではあったけど、今これだけ勢いがあって、単行本も飛ぶように売れてて、秋には映画も控えてて、それでも終わる!? と思っていたので、本当に本当に完結してしまって呆然とした。

 

私が子供の頃好きだった少年漫画は、犬夜叉NARUTOシャーマンキングBLEACHも、もっともっと長く続いていた。

それこそ子供心には、サザエさんとかドラえもんみたいに、ずーっと同じことを繰り返して永遠に続くんじゃないかと思っていた。「犬夜叉が終わるまでは死なない!」と良く言っていたけれど、それにはずーっとずーっっと生きなきゃいけないからたいへんだなあと思っていた。

結果、物語が完結する前に、私の心の方が離れてしまうことが多かった。「その程度」の気持ちだったんでしょ、と言ってしまえばそれまでだけど、例えば漫画を貸しあっていた友達と別のクラスや別の学校になってしまったとか、進学して部活に打ち込んで漫画を読む時間がなくなったとか、話が進むにつれて複雑になって登場人物も増えて難しくてあんまり面白く感じなくなった、とか、色んな理由があってそうなってしまった。

 

どうやら、ちょうどその頃のわたしの年代(小学生〜高校生)の子供たちにも、鬼滅の刃は人気らしい。ジャンプでは読んでいないとしても、最終巻が出るのはおそらく2〜3ヶ月後。アニメは原作どおりの展開で、ヒロアカみたいに年に2クールずつくらいに分けて製作されると仮定したら、あと3年くらいで完結だろうか。それくらいの期間だったら、今の子供達は、きっとわたしみたいにいつ終わるかわからずにだらだら追いかけていつの間にか作品と疎遠になる、みたいなことにならずに、完結までこの物語を楽しめるんじゃないだろうか。

 

わたしはそれが、少し羨ましい。

 

子供の頃に好きになった作品を、好きになった感性が変わらないうちに最後まで見届けられる今の子供たちが、羨ましいと思った。

 

つい先日、全話無料キャンペーンの恩恵にあやかって犬夜叉を一気読みした。子供のころアニメも漫画も大好きで、でも最後まで読み切ることなく離れていってしまった作品だ。20年前の作品なのに、今読んでもめちゃくちゃ面白い。めちゃくちゃ面白くて夢中になって最後まで一気に読んだけど、最初にあの作品を好きになったときの感性のときに、この結末を見たかったな、と思った。

 

ひとつの物語が終わったときの脱力感とか充足感とか、ああこの作品を好きで良かったなって気持ちとか、「終わっちゃって寂しい」と「最後まで見届けることができてよかった」がごちゃまぜになった気持ちとか、私はそういうものをあまり経験せずに大人になってしまった。(割とリアルタイムで最後まで追ったのはハリーポッターとダレンシャンかな。少年漫画は悉く読みきれなかった)

でも今の鬼滅ファンの子供たちは、鬼滅の刃を好きになった感性のままに、「鬼滅ごっこ」をして遊んだ友達と一緒に、この結末を見届けることができるんだと思う。その経験って、これから先漫画とかアニメとか小説とかドラマとか映画とかでたくさんの物語に出会える人生の中で、大事なものになるんじゃないかなあ。

 

鬼滅の刃が好きな子供たちが、10年後20年後に知り合った相手とも「昔鬼滅好きだった」って話で盛り上がって、完結したときの気持ちとか共有できたらすごく素敵だと思う。私みたいに「流行ってたから観てたけど最後知らない」とか寂しいしさ。すごく美しく気持ちよく、人の心に残る形で完結したなあ、凄いなあと、思うわけです。

 

どうか今の子供たちにとって「鬼滅が好きだった」ことが素敵な思い出になればいいな。

 

 

吾峠先生、炭治郎くん、沢山の人の心に響く物語をありがとう。お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

おわり。