日記。写真を撮る男女の話。
仕事で区役所に行くことがある。
今日はここ最近で一番と言うほど忙しかったのに役所にお使いを頼まれてしまって、社用車のワゴンRに乗って区役所に行った。
役所の入り口、換気のために開け放された自動ドアをくぐるとき、30歳前後の男女二人組とすれ違った。
いい大人がふたり連れ立って区役所なんて珍しいな。ひょっとして、婚姻届でも出しに来たところだったりして。
そう思いながら、わたしは手続きの窓口に向かった。
幸いなことに今日の用事は待ち時間がかからないもので、しかも窓口も空いていたので、ものの数分で終わってしまった。
会社に戻ったら仕事が山積みだなぁ、電話も沢山鳴ってるだろうなぁと思いながら建物を出た。
すると、先ほどの男女が、駐車場の隅でふたり並んで立っていた。
しかも、さっきまで入出庫する車の整理をしてくれていた警備員のおじさんが、そのふたりにスマートフォンのカメラを向けている。
数秒後、おじさんが女性にスマートフォンの画面を見せた。女性は頷いて、そのままスマホを受け取る。
「どうですか?」「大丈夫です、ありがとうございます」
そんな会話が聞こえてきそうなスマホのやりとりの後、男女は車に乗って役所から去っていった。
さっきすれ違ったときは「もしかして婚姻届かなぁ」なんてふわりと考えただけだったけれど、その一瞬の写真撮影を見かけてしまったせいで、「きっとあのふたりは婚姻届を出しにきたんだと思う! そうに違いない!」という気持ちになった。
彼らはきっと、婚姻届を出して、その直後の写真を残したくて、その辺にいた警備員さんに声をかけたのだ。
「わたしたち今婚姻届を出してきたんです。記念に写真を撮りたいので、シャッター押してくれませんか」「それはおめでとうございます、いいですよ」
なんてやりとりがあったかもしれない。
警備員さんは、あの夫婦(たぶん)が名実共に夫婦になってから、最初に「おめでとう」を言った人だったかもしれない。
他人の人生の一瞬を勝手に見かけて勝手に想像しただけなのに、なんだか幸せな気持ちになった。
それにしても。
あとから自分が駐車場を出るときに、彼らが写真を撮っていた場所をちらりと見てみたけれど、そこは本当に何もない、薄汚れた役所の外壁と、エアコンの室外機があるだけだった。
どうせ写真を撮るならば、区役所だとわかる場所を背景にすればよかったのに。
でもきっと彼らはそんなこと思いもしないくらい、浮かれていて、その場の思いつきで警備員のおじさんに写真を頼んだのだ。
そして、後々あの写真を見返して、「もっとちゃんとしたところで撮ればよかったね」なんて笑うかもしれない。
そんな夫婦の様子を勝手に想像して、胸がぎゅっと掴まれたような心地になった。
なんていうか、今風の言葉で言うなら、「エモい」。
そう、今日仕事の合間にわたしが見た光景はエモかったのだ。
冬の曇り空の下、何にもおしゃれじゃない区役所の外壁を背景に、男女がにこにことカメラを向けられているあの光景。しかも撮っているのはその辺にいた警備員。
ついつい物語を想像してしまう光景だった。
どうか、あのふたりが、末永く幸せに暮らしますように。
会社に向かうワゴンRの中で、見ず知らずのふたり、今日たまたま人生を垣間見たふたりの幸福を願った。